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イスラエルはだれが作ったのか

  • 執筆者の写真: 植松 大一郎
    植松 大一郎
  • 2月10日
  • 読了時間: 7分

「古くて新しい国」(ユダヤ人国家の物語)ヘルツル、村山雅人訳、法政大学出版局、2024年9月発行(原書は1902年ドイツで発行)



1,この本をなぜ読むのか

「反西洋思想」イアン・ブルマ、A・マルガリート共著、新潮社新書

にシオニストのおとぎ話p214から221までに結構詳細にこの小説の内容がまとめられている。その中で20世紀最大の重要本ではないかと書かれている。ヘルツルは才能豊かな作家ではなかったが、20世紀最大に重要な本であるとの表現があるので、すぐに図書館に行きこの本を借りることにした。さらに分かったことはヘルツルという方はイスラエル建国の祖、とも言われている。(墓がウイーンからイスラエル建国後に移転されている。)「反西洋思想」という本はオクシデンタリストいう概念、東洋というか東方の思想で過激な暴力によって西洋思想と対抗しようという考え方について書かれた本である。ニューヨークの世界貿易センタービル崩落の9・11以後にこの惨状を目にして書かれている。但しその後このオクシデンタリストという概念が色々使われてきたかは私の目にする限りなかったのではないか。またこの著者のイアン・ブルマは学者ではないのでその後その概念を発展させる著書がなかったこともその理由かもしれない。別途この本についても紹介することになるが、そういうわけでこのヘルツルの本に出合った。しかもこの法政大学出版局の本はつい最近出版されたばかりだ。読むしかないと思った。


2,経緯と内容

①このヘルツルという人

イスラエル建国の祖と言われた人である。私も勉強不足で知らなかったのだが、イスラエル建設のために尽力した人で、「ユダヤ人国家」という本も書いている。44歳の若さで建国前に亡くなった。19世紀の人といったほうが良い。第一回シオニスト会議を開催し議長となった。その人がイスラエル建国を目指して活動してるさなかにこの本を書き上げた。3年ほどかかったと書いてある。

②本の内容

この本は、場所はオーストリア、ウイーンから始まる。主人公のフリードリッヒという世の中に絶望している弁護士志望の青年(ユダヤ人)が貧しいユダヤ人親子とその家族に偶然出会った。彼らを見るに見かねて、その貧しいユダヤ人にドイツ人の金持ちからもらった財産を施した。その金持ちとそのフリードリッヒは二人ともある事情があって孤島で20年間ともに暮らす。20年間という生活の中身は書かれていないので全く分からないが、その後の様子から察すれば、フリードリッヒは話し相手兼秘書のような役割であった感じがする。(この20年間世捨て人をするということの意味は後半にも書いたが、当時の金持ちユダヤ人の象徴ではないかと思える。)しかしその孤島から20年後に出てパレスチナに行くことになった。目の前にあるパレスチナはおとぎの国ような豊かな所で、ユダヤ人やイスラム教徒やキリスト教徒が互いに協力して住んでいるという場所であった。目覚ましい発展があるので様々な所を見学に行くことになる。そのとき案内してくれたのは、その昔貧しいユダヤ人だったリトヴァクという親子の子供のほうだった。案内の中でこのユダヤ人の目覚ましい入植事業を推進してきた人の話が出てくる。その方が語るのはヨーロッパの既存の技術や先端の科学を応用してここまでの成功を収めている、ということだ。何処かの町の建設の状況のような説明である。今から40年前くらいの中国のシンセンの発展のような話である。つまりパレスチナの夢のような発展というところを逐一説明する。この話を深読みすると、ユダヤ人国家というものは特別ではなく、欧米先進国の技術をそのまま移植しているという事で、世界にある恩恵を我々も継承しているのであり、社会主義的な革命をしているわけではないということを強調する狙いでもある。(欧米の皆さんとは協調して生きていきます、という宣言でもある)またここには国家というようなものがなく、個別の産業別協同組合的なものが存在するだけだ。国家というものではなく都市作りのような共同体をイメージしている。最後にこのリトヴァクの息子がこの大きなその共同体の中の首長に選ばれるところで終わる。

この文脈の中にいるほぼ主人公と考えられるドイツ人金持ちとユダヤ人の若いフリードリッヒは、たぶん、当時何もしないで、世界中からユダヤ人差別や迫害を受けてもじっとして甘んじており、いかにも世界から逃避しているかのように見えるユダヤ人を象徴している。

(金持ちはロスチャイルドの象徴かもしれない。)

さらに著者のあとがきがあってここに書かれた事が夢であるか、現実になるのかは皆さんの力にかかっているというような事が書かれている。つまり、この本はシオニズムの代表作であり、プロパガンダである。1900年代初頭のイスラエル建国の夢を具体的に語る本である。

③この本を読んで

ヘルツルのこの本は重要な本であると思う。イスラエル建国の基本書だろう。またここに描かれているのは、当時の貧しいパレスチナ現地人にも幸せが待っていてユダヤ人の発展とともに彼らの経済も豊かになるだろうというものだった。政治は宗教と分離して行い、宗教間の争いや支配、差別というものは一切なく仲良く暮らせるという明るい展望を描いている。これには私としては初期のシオニズムの発想の原点はこうだったのかな、と思わせる。あるいはうがった見方をすればこういう争いの全くない世界を描くことで当時の関係国イギリスやトルコ、ロシアなどの国々を説得しようとしたのかもしれない。私は知らなかったのであるが、これは大学にいた時に寺尾誠教授がアフリカにイスラエルを作ろうという構想もあった、ということを聞いたことがあった。その時にはその話自体が不思議な感じもしてあり得ない、としか思えなかった。この本の訳者解説にはアフリカのウガンダに建国の構想もあった、とあり具体的にその事情について書かれている。パレスチナの建国が難しいというようなことをイギリス政府に言われてパレスチナがダメならアフリカという考え方だったが、そのアフリカのウガンダ植民地相のイギリス高官からの拒絶運動があって沙汰止みとなった。

また一方で、「パレスチナ戦争」(ラシード・ハリディー著、法政大学出版局、23年12月)の著者はこのヘルツルの発想を徹底的に非難している。ユダヤ人中心主義的な発想それ自体が大きな過ちを犯しているということだ。


3,私の考察

イスラエルの現状を鑑みると、この本はのんきなことを言っているなという感想を抱く。当初のシオニズムが今のイスラエルとは別だと考えてみると、著者が良くも悪くも新たな一国の成立に尽力したということ、この難事業を紆余曲折のなかで作り上げたということ。このことはどれだけの苦労、困難があったかは計り知れない。そういったからと言って今のイスラエルを正当化しているわけではない。「われと汝」のブーバーもこのシオニズムの大会には出ていたようで、彼の悩みのようなものがブーバー全集には書かれている。当初から、ヘルツルが描く明るい世界ではないことを指摘していた人たちもいた。ヘルツルは現実家でありブーバーのような学者でもない、各国を説得して歩いてる。特にイギリスとの折衝、トルコ経由のスルタンとの交渉など世界中を飛び回っていた。金の問題ではロスチャイルドにも依頼しにいっている。そしてこのようにユダヤ人を鼓舞すべく小説まで書いた。ものすごいエネルギーである。彼の考え方の中心はユダヤ人の名誉回復なのである。みじめに差別され屈辱の中に生きてきた離散ユダヤ人の名誉回復を目指すための行動だった。しかし一国が新たに成立するというのは奇跡的なことだ。それでも現在のガザ紛争のドナルド・トランプの発言やウクライナ戦争の停戦案などを聞くにつけ、大国が動くと何でもできるのか、国際政治の力学が少しでも動くと一国の成立、廃止など(簡単に)そこの住民が何と言おうと出来てしまう。そのことが恐ろしい力だ。また当初考えれられていたシオニズムの建国の思想、精神は大きく変化したのかもしれない。あるいは批判にあるように当初から間違っていたのかもしれない。当初から間違っているとすればどこだったのか、何が間違っていたかを考えていく必要がある。あるいはどこで何によって変化してきたのかも考える必要がある。そうでなければ4万人が殺されるというあまりに悲惨、あまりに残酷なこの現実の前で我々も逃避することしかできない。


 
 
 

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