フランスのドレフュス事件とは何か
- 植松 大一郎
- 3月6日
- 読了時間: 8分
更新日:3月15日

「ドレフュス事件、真実と伝説」アラン・パジェス著、吉田典子/高橋愛訳、法政大学出版局2021年6月発行
どんな本であるか
この本はドレフュス事件に関しての全体的な説明というよりも、ドレフュス事件をよく知っている人たち、専門家などに対して、事件での様々な状況や疑問点に関して、現在から振り返って見るとあれはどうだったのかというような、問題別検討というような体裁をとっている。ということから事件の全貌を知らない人には多少困惑させられるところがある。そうはいっても大体概要はつかめる。
なぜ私はこの本を読むのか
ガザの停戦に関して現在(25年3月6日時点)で、イスラエルとハマスの間での停戦交渉第二段階めに入ろうとしているところでもめている。このイスラエルの問題を考える中で、この有名な事件について名前だけは知っていた。しかしそれが何だったか知らなかった。これも何かのヒントになるのかと思って読み始めた。
この事件の概要を知るために
そこで私も、この本の中に紹介がある映画をみることになった。2019年上映のポランスキー監督の「オフィサー・アンド・スパイ」という映画だ。これはアマゾンのプライムビデオのなかにあり@400円で視聴できる。ほかにもこの事件に関しての映画があるがこれが一番新しい。この映画を見ればおおよその流れは理解できる。
(監督ロマン・ポランスキー「戦場のピアニスト」の監督、「オフィサー・アンド・スパイ」という題名でこのドレフュス事件を真正面から扱っている。この映画は評判がよく、ベネチア国際映画祭銀獅子賞、フランスでは第45回セザール賞を受賞。また基本的に場面場面が時代考証をしており当時そのままを再現しているようで興味を掻き立てられる。さらに言えば、見て納得し、感動する。)
事件のあらすじ
一幕目
1894年ユダヤ人ドレフュスが(フランス陸軍砲兵隊所属の少佐)ドイツ政府(プロイセン)に軍事機密を売ったかどで突然逮捕される。陸軍資格はく奪ということになりフランス領ギアナの悪魔島に流されそこで辛酸をなめる。監獄生活の後半には夜はベッドに足かせを強いられる。普通の監獄生活ではない。この時の上司ピカール中佐(砲兵隊)は前任者が病気で辞任したので、情報局(防諜活動)へ配置換えになる。移籍の理由として彼自身は反ユダヤ主義であるということ。当時は反ユダヤ主義が国をあげて勃興していた。しかしこの人物は仕事柄情報局であるため、ドレフュス事件に関してわずかながらではあるが詳細な資料を手にした。裁判の中で指摘されていた筆跡鑑定などに関しての、杜撰さと虚偽に気が付き、真犯人を突き止めてしまう。当時多分パリ市内だけだとは思うが地下に空気輸送するプチブルーという速達用の配管があった。そのプチブルーからピカールは別の犯人つまりエストラジーという真犯人を見つける。このドレフュスの上司であったピカールの行動によって大きな展開が可能となっていく。
二幕目
そこで彼ピカールは上司にこのことを何度も伝えるのだが、一向に聞き入れられない。そのうちあまりに一度決定した判決を覆しそうになるので彼も、へき地の軍隊特に中東、北アフリカなどの部隊を転々とさせられる。しかしフランス、パリに休暇で戻ってた時に、やむに已まれず、本件を新聞社のクレマンソーや仲間の弁護士と相談する。またそこにいた上院議員がキャンペーンを張ろうという。さらに作家のエミール・ゾラがオーロール(虹)という新聞(クレマンソーが社主、のちにフランス首相となる。)に「告発」という記事を載せる。ここから事件がフランスを二分するような大事件に発展していく。(この告発が載ったオーロール紙は30万部売れたという。当時の新聞は最大で3万部程度だった。)
三幕目
ドレフュスの再審が決定する。しかし1899年にレンヌ軍事法廷で再審が行われたが、再度彼は有罪となってしまう。この間、ゾラも名誉棄損罪で有罪となるさらに本来の真犯人エストラジ―のほうは無罪の判決となる。またピカールの部下であったアンリがドレフュス犯人説を仕立てるために偽文書を作成したと自白し彼は逮捕され監獄へ入るも翌日自殺という衝撃的なことが起こる。そうしている内にキャンペーンもあり1899年9月ドレフュスの恩赦がある。
本当の無罪を勝ち取るのは1906年の破棄院での無罪宣告まで待つことになる。
これがこの事件のあらましである。
しかしその後、
このポランスキーの映画を見るとこのドレフュス事件の概要はよくわかる。特にこの映画はピカールという人物に焦点を当てている。彼の屈しない主体的正義の主張が、仲間の支援もあり捻じ曲げられず、押し通されていく流れがあり、非常に共感するし、また分かりやすいものになっている。
この事件の面白さと多面性、現代性
これは今までユダヤ人差別問題として扱われることが多い。しかしながら、新聞が表舞台に出てきており、情報戦の様相を取り始める。当時のフランスの新聞は20社くらいあった。半分にその論調は別れた。またそのことによるフェイクニュース、及びプロパガンダも生まれる。現在問題となっている兵庫県知事問題や安倍首相が絡む森友学園問題などとも関係する。また袴田事件さらに厚労省の村木厚子さんの事件など。事実の隠蔽、証拠の偽造、情報漏洩などが起こる事件に共通の問題がある。体制擁護のために関係者が処分されるというようなテーマとも結びつく。真実がどこにあるのか、誰が真犯人であるのか、再審は可能なのか、真実を隠蔽している陸軍に反旗を翻すゾラの登場によりますます国家的な大騒動となった。ゾラの「告発」は、当時の大統領あてに書かれている。さらに言えばゾラはこの「告発」記事のため、名誉棄損罪に問われ、一年の懲役刑の有罪処分となったのでイギリスへ亡命する。最後は彼も無罪放免となる。ただ彼はこの1906年のドレフュス無罪の判決前に死んでしまう。
またこの事件は世界的な広がりをもって見守られていた。その中にこの事件に関連した小説を書いたアナトール・フランス、マルセル・プルーストなどほかにもたくさんいる。またこの事件の分析などの関連書籍も多い。これは巻末にたくさん紹介されている。
私との関係、レンヌ軍事法廷
レンヌ軍事法廷で裁判は何回か開かれており、ドレフュスはここでさばかれている。このレンヌという街の名前を見た時にはっとした。私が行ったことがある場所だ。ここにキャノンのフランス工場がある。普通のビジネスマンは仕事でキャノンに寄ってから、近くの観光地に行く人が圧倒的に多い。そこのキャノンの工場長も本社からとかお客さんが来たりするとそこへ連れていく。十何回もその観光地に行ったので本当に嫌になるといっていた。そこは潮が満潮になると孤島になり、潮が引くと陸続きになるモンサンミッシェルである。キヤノンはその近くにある。ビジネスマンもそこによって行くことが多い。ただレンヌのほうは中世的な都市の香りのするところでそれほどの観光地化されているところではない。パリから飛行機で40分くらいのところだった印象がある。私が行った時にはドレフュス事件のことなど頭には全くなかった。観光地にはいかなかったが、前もって知っていればと今更思う。
そのレンヌである。残念なことをした。
まとめると
このドレフュス事件は小説家などに非常に興味を持たせた。アナトールフランスもこの事件に関する本を書いている。(ペンギンの島、神々は渇く)またプルーストは「失われた時を求めて」で、「ゲルマントの方」、「ソドムとゴモラ」の章でこの事件に関することがベースになって書かれているところがあるそうだ。分かる人にはそのことだとわかるようになっている、という。ゾラは正義の戦いに燃えた。オーロールという新聞の存在と彼の筆である。これこそ作家の政治参加である。小田実、開高健などをほうふつとさせる。
またこのピカールという中佐がいなければドレフュス事件は解決しなかった。彼ははっきり言って反ユダヤ主義であったが、正義を貫いた。彼の問題ではないにもかかわらず、また自分がいろんな苦難を受けても、結局この人が正義を押し通して、黙らなかったためにドレフュスは再審が可能となり、三回目の裁判で無罪となった。そしてドレフュスは陸軍の少佐として戻った。もう一つ言えばユダヤ人は国を持たないといわれていた。だから愛国精神はない、だから機密を売る、という決めつけとなった。しかしドレフュスは軍隊という組織には逆らわない。反旗を翻すことはない。むしろ従順である。愛国者ということなのか。これはピカールも同様である。フランス軍隊に忠誠を誓っている。そういう保守性と主体的正義感が同居している。
威張り散らかし戦争だけをやりたい、いわゆる軍人ではなく、ドレフュスとピカールは工学系の軍人である。技術系である。こういう人たちのすがすがしさも感じる。またドレフュスの兄弟もいて彼らもあきらめないで支援活動をする。この時代はドイツはナチス台頭の直前でもある。フランスは別の道を歩んだが、この事件で教訓を得たのだろうか。
いろんなことがこの事件に関してはひきつけられ考えさせられる。多様で複雑である。単にユダヤ人差別問題だけではなかっただろう。
反ユダヤ主義、政治への社会参加、愛国者、正義、軍人、情報戦、体制擁護、犠牲者、情報漏洩、フェイクニュース、差別、再審、文学の役割等々いろいろなキーワードが頭に浮かんでくる。
この本は入門編としても良いし、この事件のあらましを知った後で読むのもよい本であるといえよう。
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