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日本の経済の底力を知らされる。

  • 執筆者の写真: 植松 大一郎
    植松 大一郎
  • 2023年9月1日
  • 読了時間: 8分

「再興 THE KAISHA 日本のビジネス・リイベンション」ウリケ・シェーデ著、渡部典子訳、日本経済新聞社 2500円、2022年8月初版、23年4月第2刷

この本は、私はあるユーチューブを見て初めて知った。ウリケ・シェーデ教授が対談で語っていた内容が非常に興味を持てた。いつか読みたいと思った。しかし、本屋に行くと大抵は置いてないか売り切れ状態である。つい最近日本橋丸善に行ったときに図書検索でやっと探して見つけた。経営の棚にあり経済の棚ではなかった。なぜという疑問はあったが、私も悲しいかな少しでも安く買いたいと思ってその本を目の前にしてメルカリやアマゾンの最安値はどの程度かなどと調べる。するとほとんどそう安くない。そこでただちに購入したという次第である。そんなわけで入手できたのが遅かった。


内容の前に,MMT議論との関係


日本は全く成長していない。日本の給料はここ10年上がっていないし、むしろ平均では減っているような状態である。世界経済と比べて如何に日本経済はだめであるかということを散々聞いてきた。ありとあらゆる消費指標は下がっている。米、魚、砂糖、日本酒、ゴルフ人口その他多く。日経新聞も日本の仕事のやり方は全く欧米から遅れているという内容の記事をたくさん載せる。どれだけ遅れているのか、どれだけだめなのかという議論だ。私の知り合いも、日本は全く駄目だ。政府の金融政策の失策で日本は世界から遅れてしまった。だからMMTという考え方を取り入れなければいけないと強く言われたりもした。最近の森永卓郎の著書もそういった類でありほかにもその種の議論も多い。(中野剛志、藤井聡の関連本、森永卓郎「ザイム真理教」など)しかしその時いつもそんなにダメな日本はなぜGDP世界3位でいられるのか。中国には追い抜かれたもののなぜという疑問はいつも頭から離れたことはなかった。それはEUも成長はしているのだろうけれどその程度が非常に低いのではないか。韓国も日本の平均給与を追い抜いたという、しかしまだ日本を脅かすほどではない。これもなぜという問題意識になる。世界に日本のGDP順位を脅かす国は本当にあるか、あるいは日本のGDPがどんどん落ちていくという事実があるのか、という疑問には誰も答えてくれない。日本経済の現象的事実はあらゆるところでマイナスしか表していないように見える。


しかしこのウリケ・シェーデ教授はそういう疑問の一部にこたえてくれようとしている。というのも彼女の問題意識がなぜダメな日本が世界のGDP3位でいられるのかという疑問に答えたいという事から書き始めたという。まさにそれが知りたかったことだ。


内容

日本の多くの企業は停滞していたわけではなく、ゆっくりと変化してきたという。特に日本の製造業は、集合ニッチという分野で大きな力を発揮している。真似も簡単にできない、作ることはもっとできないようなニッチ製品で世界に君臨しているという。インテルinsideではないがジャパンinsideとは書いていないので多くの製品に使われているが誰もそれを知らない。またこのことは輸出入統計データからはわかりにくい。そしてそのシェアの高さは平均50パーセント高いものでは100パーセントのものもあるという。なぜこのような誰も知らない間にこのような高いシェアーを獲得できて来たのか。特に最近ではアメリカで日本経済論は流行っていないという。遅れた日本なので中国を研究したほうがいいということらしい。しかしウリケ・シェーデ教授は世界にとっても日本のリインベンションは非常に重要であるということを力説。そのような静かな変革というものがどのように生まれてきたかは研究に値するということだ。

まず背景、そして政府の政策、次に日本の文化的特徴などが分析される。


日本の重要性に世界が気付いた日

ウリケ・シェーデ教授も気が付いたのはここからだという。2011年3月の東日本大地震と福島原発の事故である。なぜこの問題か。「東北地方での原発事故のニュースが流れると、世界は突如、其の10パーセントの大部分が液晶パネル、半導体、電池、医療機器などの製品作りに欠かせない重要品目であることに気づいた。・・・・・・・その供給が震災によって脅かされ、日本製投入財は10パーセントという数字が示すよりもはるかに重要であることが浮き彫りになったのだ。」この10パーセントいう数字の意味、意義は日本の製造業の生産高がグローバルで「わずか」10パーセントのシェアであり日本は世界で経済的な重要性を失ったといわれてきたという時に使われている10パーセントである。

これが書いてある第4章は集合ニッチ戦略、という題名だ。この章は、読む多くの人に日本の底力を感じさせる。勤勉、誠実、忠実、責任がここにはあった。この本の重要なことは大体この章に詰まっているといっても過言ではない。

震災後の立ち上がりの速さ、ファナック、ルネサス(北日本に8つの工場)その最大の工場、那珂工場は復旧に一年かかるといわれた。そうなると世界の自動車生産の半分が停止する。そこでトヨタをはじめとしてボランティアを募集、その約2500人が昼夜を問わずの支援活動で2011年6月には再開ができたという。


日本の高シェア

フッ化ポリイミド、フッ化水素、フォトレジスト80パーセントのシェア。半導体製造に必要な超純フッ化物エッチングガスでは100パーセント、これは2019年の日韓貿易摩擦で表面化した、サムソン、アップルもこの種の製品を必要としていた。彼らは日本へ日参したという。

これは、韓国、中国、台湾と言った低コストの生産を得意とする国々に対抗すべく20年かけて競争優位な製品を作ってきた、結果である。

経産省の調査が2003年に始まり2018年の報告がある。それによると日本企業は931のグローバル市場の製品分野で309製品で50パーセント超、112製品で75パーセント超、57製品で100パーセントの世界シェアであるという。

事例としてJSRが取り上げられている。我々からすればゴムメーカーであり,ABSの競合会社ではあるが大きく変化した。詳細は省くが、今般国の政府系ファンドが買収に入った。株価も高い。国の半導体戦略である。

また同様の事例が最近の日経新聞に載っていた。サンケン電気である。23.8.28付日経朝刊「部品産業一点突破の効用」として、サンケン電気の例が取り上げられた。これはパワー半導体という地味な分野で活躍している会社ではあるが、2000年代はLEDのバックライトで大当たりしたがLEDの安売りでその後は落ち込む一方だった。しかしその時に米国のセンサーの会社を買収していた。それが現在時価総額1兆円企業となっていた。これも部品の高度化(ディープテクノロジー)によって成功した事例と言えよう。その他ニデック,AGCにも言及、しかしこの本を読んだのかどうかわからないが、この記事は「再興」には触れていなかった。


こういうことがなぜ起きてきたのか

これについて大幅に日本経済のバブル崩壊期から書いてある。特にアベノミックスの時代に企業を取り巻く経済環境、法的規制の緩和その他の環境が大きく寄与してきたという。これもよく調べたというか直近の経済史、経営史を読んでいるようである。

また日本の文化的特徴がこういう時間を長くかけて静かに変化していくというようなことに触れている。ルーズ文化とタイト文化などの視点は新しいが、多くのアメリカ人その他の外国人の日本文化論には我々にとっては非常に極端な感想のように見える。書かれていることには大きな間違いがないが、そうでないことを考えている人も多いということにも気が付くべき時に来ているのではないか。「菊と刀」の恥の文化と罪の文化の対立としてとらえているのと大差ないともいえる。


経営変革

これはAGCが取り上げられている。これも社長が自分の10年後に何をしたいと思っているかということを従業員に聞きながら大改革をやった事例として取り出されている。

なおこういう変革も時代状況もありその流れに乗っていないと難しいということだろう。また最近のヨーカドーのヨドバシカメラへの西武、そごうの売却計画がまさに9/1に実行されて、組合はストを決行した。この仲介するファンドの行動についても詳細に書かれている。こういうファンドについては日本流をかなり学んだようだ。ブルドックソースの事例などからファンドも変化してきたという。こういう外部環境の変化がM&Aなどをやりやすくしているがあくまで日本流である。しかし今回の西武、そごう問題はどうなっていくか。どれだけたくさんのの問題を解決しなければならないか経営者にとっては頭が痛いところだ。


最後に

日本も捨てたもんじゃないという内容となっている。少しは安心できるか、しかし競争は一層厳しい。その中で働いている人たちはさらに厳しいだろうことが予想される。

この本を読むと日経的な記事がこの「再興」に描かれていることに多くが関連しているということがわかる。この本を読めば日経記事が非常に理解しやすくなるだろう。新奇なカタカナが多いが分かってしまえば大したことはないというのが実際である。

またクールビズ、運動靴可、ポロシャツも可、自分の机がなく集団で座る。部長も課長もでんとしている場所がないなど、今回のコロナ問題で会社の勤務形態も大幅に変わってきた。またリクルートについても転職の頻度が非常に増えてきているなど日本の会社で働く人たちのマインドも大きく変化している。そうだろう。ネクタイはもう絶対しなくて良い時代になったのだ。汗かきにはありがたいことで、マイクロマネジメントを重視する上司もいなくなるだろう。

ただこの本ではあまり取り上げられていないが、かつてのソニーのような製品で世界を席巻することはもうないのか。部品的な世界はいいけれど、製品はどうなるのか、そこの疑問についてはあまり答えていないようには見える。


 
 
 

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